旧屋敷

春と秋に一般公開される 小田原の旧家。  有形文化財。  

静山荘―農家を別荘として使われた珍しい建物
岩瀬邸―幕末から明治期の豪農の茅葺農家
皆春荘―元首相清浦圭吾が建てたもの
 (画像は夫が写したもの)

45年余り前、 夫と同じ貨物船で留学し その後もずっとアメリカに住んでおられる方の消息が最近になってわかりました。  その方と、 貨物船に乗り合わせた留学生の方達、何人かとメール交換が盛んです。  


長くアメリカに住んでおられるからでしょうか 日本的なものに対して 非常に鋭敏で 私達が見過ごすような事でも 新鮮な気持ちで受け止めてくださり、 夫も私も感動しています そして私達は日本の文化、生活などについて 再度考える機会をもつようになりました。  その一部、 ご紹介させていただきます。  


「あの三軒のお屋敷の写真(上の画像)を見て、日本人の生活のゆとりを もう一度考えさせられました。  これは1+1=2という感覚では理解の出来 ないことです。 日本の屋敷は一歩入ったら、下界を隔離してしまいます。 そこにはゆとりと安らぎを味わうものがあります。 


日本の部屋には床の間と言 うのがありますが、こちらでは、そのような、一角を特別の場所として部屋の構造をしているところを見たことがありません。暖炉などは美しいのがあ りますが、床の間の感覚ではありません。  部屋を暖めると言う合理的なもの が装飾に利用されるわけです。


では床の間にはいったいどんな実用的な利用 法があるのでしょうか。  やはり、日本人にはそこに、ゆとりを見出し、憩いや安らぎを見出すわけです。  日本人は必ずしも実用的な価値だけでは、生き ていないのですね。


床の間は 鎌倉時代に禅の影響で書院造(修業をし悟りを開く為の幽玄の間)の様式で家屋が作られ その正面に神仏を祭る床を作ったことから始まっています。 その神仏に花を供えたのが床花ですが 足利時代になると 珍しい花を見つけていけるという競いに。やがては花を生けると言う行為と精神面の向上をはかろうとし これが華道に発展していったようです。(筆者記)


その床の間に、たった一輪の花をかざる、アメリカ人か ら見たら何としみったれていることか思うでしょう。  アメリカでは大体が盛り花、それもthe more the betterとぃったかんじです。  若し床の間にアメ リカのような盛り花を飾ったら、どんなかんじでしょうか。


またあのお屋敷に戻りますが、庭を見ても、何か自然を感じさせる構造です。 けばけばしさとか外国の庭園のような華やかさはありません。  しかし、どのように外での生活環境であっても、一歩屋敷の中に入れば、世間の 騒がしさから開放され、安らぎを味わうことができるということでしょう。


芭蕉が句に残したように、“静けさや、岩に染み入るせみの声”と言った ように静寂を味わうのは日本人ならではの感覚でしょう。  侘びとカ寂びと 言った、言葉は英語では表現できないのではないかと思います。でも最近の 日本の若い世代はどうなのでしょうか。  近代日本を知らない私には、想像もできません。」


私達は逆にこのN氏の中に 日本を感じてしまうのは何故なんでしょう?  久しぶりの日本語とおっしゃるのですが 素晴らしいと思います。  ご高齢でもあり 日本にお帰りになられるのも大変でしょうから いい写真を送ってあげたいと 近頃、夫の日本情緒に関するアンテナ感知が研ぎ澄まされてきました。  友達っていいですね。