[食] 連想
台所に立つ時間も 気にならなくなってきました。このアスパラガス、結構なお値段でしたが その価値は十分ありました。二人とも「おいしいね」の言葉が 食べた瞬間、出たほどです。
未だ忘れられないのが NY州にある小さな街イサカのファーマーズマーケットで買った 紫色のアスパラガスです。
食べ物の思い出は その土地の光景や風土なども思い出させてくれます。戦後15年ごろ、父の転勤でシドニーに住んでいましたが 冬に食べた真っ赤なアイスキャンディー彼方では アイスブロックと呼んでいました。当時は、日本では冬に冷蔵庫という感覚は考えられませんでした。しかも電気冷蔵庫ではなく 夏には 氷屋さんが回ってきて 氷一貫目とか決めて購入する時代でした。
またFish and Chipsと言って お魚(多分たら?)とポテトを揚げたものを 新聞紙に包んで買うことができ、これが美味しく 一気に体重増加。熱々を歩きながら食べている人々の文化にもびっくりでした。それに黒酢をかけて食べる人も・・・あの黒いのって何?と、黒酢の存在を知らない私でした。話が脱線しました・・・!
香港にも大学卒業後、1年ほど住んだのですが 香港大学に聴講生として通っている頃 学食でコーラを頼むと ホットコカコーラでした。冷たい飲み物を 当時はあまり飲む習慣がないと説明を受けたような・・・
当時は、文化大革命の最中で 中国からの水輸送がカットされ 4日に1度の給水、ドラム缶に溜めた水でお茶碗を洗ったり、調理したり。別棟に住み込みの尼さんというお手伝いをしてくださる方がいて 家事も調理もしていただけるのですが その水を思うと なかなか食が進まず 一気に周りからも心配されるほど 体重が減りました。
父は、心配して高級日本料理店へ連れていってくれた時に あまりにもよく食べるので「まだ食べられるの?」と、父もびっくりしながらも 嬉しそうに笑っていた顔が浮かびます。何だか とんでもないところに話が進んでしまいました。食べ物にまつわる思い出話でした。