母の遺産

予定日までに読了できず、昨日、残りを一気に読み終えました。長編小説ですが 新聞連載小説のため、各章が短くまとめてあり、中座しても支障なく続読できました。

さて、水村美苗さんの小説には何処かノスタルジアを感じさせる 日本の近代文学の香りがあります。著者自身、12歳で渡米し、エール大学、大学院で仏文学を専攻され、著作の傍ら プリンストン大学で 日本近代文学を教えておられるそうです。

西洋と日本という二つの文化の狭間で過ごした著者だからこそ 客観的な視点で論じるゆとりが感じられます。著者が小林秀雄賞を受賞した「日本語がほろびるときー英語の世紀の中で」は、白熱した論義を提供した話題の本でもあります。

さて、この「母の遺産」は、祖母、母、娘の三世代ストーリー。次女美津紀の視点を通して ストーリーが語られています。母の介護、それにまつわる尊厳死をめぐる医療問題、遺産相続、夫婦の歯車の狂い、夫の浮気、離婚、仕事、姉妹の育てられ方の違い等々、どこかで読者が、自分たちの生活と重ね合わせられるような リアリティのある切り口で ストーリーが展開してゆきます。

祖母が当時の新聞小説金色夜叉に 自分自身の生活を投影し、実際に若い男性と駆け落ちしてしまったり、母の老いらくの恋があったり、西洋や 美しい物に対する憬れが強く 自由奔放な生き方で 周りの物を翻弄させたりするあたりは この家系には ちょっと強引な行動力、強い女性のDNAが 流れているのではないかと 思わせますが・・・

母の亡き後、美津紀は 箱根の湖畔のホテルで ゆっくりと疲れを癒しつつ、以前、翻訳を依頼され断ったボバリー夫人を もう一度読みつつ 出した結論、離婚を決意し 今後の自分の生活設計と向き合います。

慰謝料、母の遺産、姉の協力などもあり 金銭的には恵まれ人生を楽しみつつ 仕事も継続し 束縛されていた縄がほどけたように 活き活きと 新居で春の桜の季節を迎えるシーンで ストーリーは終わっています。春、新しい芽吹きの季節ですね。これからの美津紀の人生を示唆しているかのようです。

私は,このストーリーを読みつつ 6年前、他界した母の介護、そしてこれからの自分の残された時間、二つの面で懐かしさや 今後の自分の時間について 考えさせられたと同時に 周りの人達に恵まれて歩んでこられた事に 改めて感謝です。(パソコンの調子が悪いので ここでやめます)