扉をたたく人

感動の人間ドラマ
原題「The Visitor直訳すれば「訪問者」ですが つけられた日本語のタイトルは「扉をたたく人」 

このタイトルが Golden Title Award 筑紫賞に選ばれたのをご存知ですか? 今は亡きジャーナリストの筑紫哲也が発案者となり カタカナタイトル氾濫を回避して より豊かな日本語表現の契機になればと始められたそうです。この映画を見て行くうちに 如何に含蓄あるタイトルであるかわかってくるのです。

還暦を迎える年代を ラカンaround 還暦?)と、言うそうで この年代に焦点を当てたマーケティングは 日本だけではなさそうです。 この映画も妻を亡くし、活力も枯渇、惰性で日々を送る老教授。 何とか打開策をとピアノを始めるも 指導者にも愛想をつかされる。

そんなある日、嫌々引き受けざるを得なかった学会のため 仕事上、借りていたNYの別邸に戻ると、シリアからの移民青年とそのガールフレンドが 住み込んでいたのです。一度は追い出したものの 次の住居が見つかるまで住まわせることにします。 奇妙な3人の同居が始まり 老教授の心が少しずつ溶解していく過程が実に巧みに描かれているのです。 

移民青年は 民族打楽器ジャンべ奏者。最初にピアノを習おうとしたシーンから 教授は音楽に関心があることを私達は、ちらりと心に留めています。 案の定、この打楽器が何となく気になる教授。移民青年はこのジャンべを通して 教授の心の扉をたたきます。共にジャンベをたたく姿に、過っての暗い教授の姿はありません。

この後、ふとしたことで 移民青年が不法移民として捕らえられ 不法滞在強制収用所に入れられてしまいます。 心配して尋ねてきた美しい青年の母親に 老教授は淡い恋心を抱き、日常生活にも彩が加わります。

また、アクティブに青年救済のため働きかけるのです。ここには911事件以降、冨に厳しくなった移民問題など、社会問題も提起されています。様々な問題を抱えながらも 人々は支えあいながら そのふれあいの中で 意欲を見出して行く様子が 人種、加齢、社会問題などと絡み合わせて描かれています。

突如、本国強制送還になってしまった青年、息子を追って帰国する母親、叉一人になる老教授が プラットホームで何かに抵抗するようにジャンベを激しくたたくラストシーン。 しかし、そこには無気力にして惰性で過ごす教授の姿ではなく、意欲を持った感情を吐き出す教授の姿がありました。

最初、アメリカでたった4館だけで上映されていたこの映画、口コミで大人気。やがて270館での上映となり、全米興行収入のトップ10入り、6ヶ月のロングランとなった秀作です。 主演のリチャード、ジェンキンスは アカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。

老教授の生活に入ってきた移民青年、ガールフレンド、そして美しい母親が教授の心の扉をたたきます。教授はジャンベを叩きながら 自分自身の心の扉を開いてゆきます。

The Visitorは 単数でしかも特別の意味の冠詞Theがついています。 私は日本語のタイトルの方がこの映画のメッセージをより深く伝えていると思いました。

午前中に夏時間の庭を、午後から扉をたたく人、どちらも恵比寿ガーデンシネマでみました。充実した感動2作。体に深く染み渡る秀作。上映されている間に是非ご覧になってください。